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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10324号 判決 1975年12月25日

原告 株式会社みやまピアノ材料社

右代表者代表取締役 深山吉雄

原告 深山吉雄

右両名訴訟代理人弁護士 芹沢孝雄

同 相磯まつ江

被告 シュベスターピアノ製造株式会社

右代表者代表取締役 松崎保男

被告 松崎保男

右両名訴訟代理人弁護士 徳満春彦

被告 大西康吉

右訴訟代理人弁護士 市来八郎

主文

被告シュベスターピアノ製造株式会社、同松崎保男は各自原告株式会社みやまピアノ材料社に対し、金四、七七三、一二〇円およびこれに対する昭和四四年一月一九日以降右完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。

被告シュベスターピアノ製造株式会社、同松崎保男は各自原告深山吉雄に対し、金四、五七四、八五〇円およびこれに対する昭和四四年一月一日以降右完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。

被告松崎保男は原告株式会社みやまピアノ材料社に対し、別紙目録記載の各家屋について、昭和四三年一一月二六日債務弁済契約、同日設定契約を原因とする債権額金五、一七三、一二六円、利息の定めなし、損害金年三割、債権者原告株式会社みやまピアノ材料社、債務者シュベスター製造株式会社の抵当権設定登記手続をせよ。

被告松崎保男は原告深山吉雄に対し、別紙目録記載の各家屋について、昭和四三年一一月二六日債務弁済契約、同日設定契約を原因とする債権額金四、五七四、八五〇円、利息の定めなし、損害金年三割、債権者深山吉雄、債務者シュベスターピアノ製造株式会社の抵当権設定登記手続をせよ。

原告らの被告大西康吉に対する請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らと被告シュベスターピアノ製造株式会社、同松崎保男との間においては、全部被告シュベスターピアノ製造株式会社、同松崎保男の連帯負担とし、原告らと被告大西康吉との間においては全部原告らの負担とする。

この判決は、原告株式会社みやまピアノ材料社及び原告深山吉雄がそれぞれ金一〇〇万円の担保を供するときは、金銭支払を命ずる部分に限り、いずれも仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

主文第一項ないし第四項と同旨

被告大西康吉は原告らに対し、別紙目録記載の各家屋について、東京法務局大森出張所昭和四三年一二月四日受付第四八五四五号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決ならびに金銭支払を求める部分につき仮執行宣言。

(被告ら)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二当事者の主張事実

(請求原因)

一  原告株式会社みやまピアノ材料社(以下、原告会社という。)は、楽器部品の製造販売を目的とする会社であるが、被告シュベスターピアノ製造株式会社、以下(被告会社という。)に対し、ピアノ部品を売渡し(以下、本件売買という。)、昭和四三年一一月二六日現在右代金の一部を支払うため振出された金四、一七三、七八六円の約束手形(以下、本件手形という。)債権及び金一、〇〇一、三四〇円の売掛代金債権以上合計金五、一七五、一二六円の債権を有していた。

二  原告深山吉雄は(以下、原告深山という。)被告会社に対し、金員を貸付け、昭和四三年一〇月二六日現在合計金四、五七四、八五〇円の貸金(以下、本件貸金という。)債権を有していた。

三  被告会社は、昭和四三年一一月二六日原告会社に対し、本件手形金債務と本件売買代金債務のうち金五、一七三、一二六円を負担していること、および、原告深山に対し、前記金四、五七四、八五〇円の本件貸金債務を負担していることをそれぞれ承認し、これを次のとおり分割して支払うことを約した。

1 原告会社に対する債務金五、一七三、一二六円を昭和四三年一一月末日から同四五年三月末日まで毎月末日限り金三〇〇、〇〇〇円宛分割して支払う。

2 原告深山に対する債務金四、五七四、八五〇円を昭和四五年四月末日からその完済まで毎月末日に金三〇〇、〇〇〇円宛分割して支払う。

3 被告会社が右割賦金の支払を一回でも怠ったときには、当然原告らに対する分割弁済の利益を失い、原告らに対し残金全額およびこれに対するその翌日以降右完済に至るまで年三割の割合による遅延損害金を支払う。

四  被告松崎保男(以下、被告松崎という。)は、昭和四三年一一月二六日原告らに対し、被告会社が原告らに対して負担する右各債務を連帯保証し、更に被告会社の右各債務を担保するため被告松崎所有の別紙目録記載の各家屋(以下本件家屋という。)について、原告らのために第一順位の抵当権を設定し、その登記手続をすることを約した。

五  仮に、原告会社の被告会社に対する本件売買契約および被告会社の右代金支払のための本件手形の振出行為ならびに原告深山の被告会社に対する本件貸金の貸付が当時原告深山が被告会社の取締役であったことから、商法第二六五条に違反し、無効であるとすれば、被告会社は原告会社が納入したピアノ部品および原告深山が交付した金員をいずれも不当に利得したものであり、右ピアノ部品は既に製品化されて他に売却されているので、被告会社は、原告会社に対し前記代金相当額を原告深山に対し右交付金額をそれぞれ返還する義務を負うものであり、被告松崎は、その返還義務を前記連帯保証契約により連帯保証し、その担保として、本件家屋に前記各抵当権を設定したものというべきである。

六  被告大西は、昭和四三年一二月四日本件家屋について、東京法務局大森出張所同日受付第四八五四五号、同年一一月二九日債務弁済、同日設定契約を原因とする債権額金二、九二二、一五〇円の抵当権設定登記を経由している。

七1  被告会社は原告会社に対し、昭和四三年一二月末日に支払うべき金三〇〇、〇〇〇円の支払を怠ったので、原告会社は、第一次的に被告会社、同松崎に対し連帯して右残金四、七七三、一二六円およびこれに対する昭和四四年一月一九日以降右完済に至るまで年三割の割合による約定遅延損害金の支払いを、被告松崎に対し、本件家屋について、昭和四三年一一月二六日債務弁済契約、同日設定契約を原因とする債権額金五、一七三、一二六円、利息の定めなし、損害金年三割、債権者みやまピアノ材料社、債務者シュベスターピアノ製造株式会社の抵当権設定登記手続を各求め、原告深山は、被告会社、同松崎に対し連帯して金四、五七四、八五〇円およびこれに対する昭和四四年一月一日以降右完済に至るまで年三割の割合による遅延損害金の支払いを、被告松崎に対し、本件家屋について、昭和四三年一一月二六日債務弁済契約、同日設定契約を原因とする債権額金四、五七四、八五〇円、利息の定めなし、損害金年三割、債権者深山吉雄、債務者シュベスターピアノ製造株式会社の抵当権設定登記手続を各求める。

2  原告会社は、第二次的に被告会社、同松崎に対し連帯して、被告会社が不当に利得したピアノ材料の価額である金五、一七五、一二六円のうち金四、七七三、一二六円およびこれに対する被告会社がこれを悪意で受領した日以降である昭和四四年一月一九日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の、原告深山は被告会社、同松崎に対し、不当利得金金四、五七四、八五〇円およびこれに対する被告らが悪意でこれを受領した日以降の昭和四四年一月一九日以降右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による法定利息の各支払を求める。

3  原告らは被告大西に対し、原告らの前記抵当権設定登記請求権を保全するため、被告松崎に代位して被告大西の前記抵当権設定登記の抹消を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告ら主張の請求原因事実のうち、被告松崎が被告会社の原告らに対する不当利得返還債務についても連帯保証したとの点を除く事実については、原告らと被告会社および被告松崎との間で争いがなく、被告大西との間では、右事実のうち、本件建物が被告松崎の所有であり、被告大西が右建物につき原告主張の抵当権設定登記を有していることについて争いがなく、その余の事実については、≪証拠省略≫によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  被告らは、原告会社の被告会社に対するピアノ材料の売買および右代金支払のため振出された本件手形の振出が、商法二六五条に違反し無効であると主張するので、先づその点につき判断する。

1  右売買および本件手形の振出当時、原告深山が原告会社の代表取締役で、かつ被告会社の取締役であったことについては、当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫を総合すると、

(一)  被告松崎の父亡松崎妙(以下、亡松崎という。)は、協信社の商号でピアノ製造販売業を営み、原告会社は協信社にピアノ部品を納入してきたが、協信社は経営基盤が弱く、昭和三三年頃には、その経営は行詰り、倒産状態にあったこと、

(二)  そこで亡崎松は、友人と共同出資して昭和三三年一〇月二〇日被告会社を設立し、協信社の営業を引継いでピアノ製造販売を続けたが、その際原告深山も発起人の一人となり、被告会社設立後は取締役(非常勤)に就任し、昭和四二年三月から昭和四三年八月頃までは、被告会社の代表取締役であったこと。

(三)  亡松崎が被告会社を設立するに際し、原告深山を発起人に誘い入れ、被告会社の取締役としたのは、被告会社には当時経済的信用がないためピアノ部品を納入してくれる業者がなかったので、原告深山を被告会社の設立に参画させ、その取締役にすることにより、ピアノ部品の納入先を確保することを目的としたものであって、被告会社はその設立の当初から、ピアノ部品は原告会社から購入することを予定し、そのことはその後も当然のこととして取締役間で理解され、取締役会における材料の仕入および仕入先の報告に対しては、誰も異論を述べる者はなかったこと、

(四)  被告会社はその資金力が乏しかったので、支払については手形によることが多く、原告会社への代金支払についても、凡ね手形による支払方法がとられてきたが、被告会社の取締役会では、原告会社を含む仕入先への支払が手形によることは、他に方法のない当然のこととして承認されてきたこと、

(五)  原告深山が前記認定のように、一時期被告会社の代表取締役に選任されたのは、被告会社の行詰った資金ぐりを原告深山の信用と原告会社からの材料の納入により切抜けようとするためのもので、原告深山と被告会社および被告松崎間に争いのない原告深山主張の被告会社に対する本件貸付も、原告深山が被告会社の経営資金として投入したものであり、被告会社は原告深山の信用と資力を、設立当初から十二分に利用してきたものであること、

(六)  被告会社は、昭和四三年一一月二〇日不渡処分をうけて倒産し、原告深山は同月二五日東京地方裁判所に対し、被告会社の破産申立をしたが、被告松崎は、破産の危機を避けるため原告深山に対し示談を申入れ、同月二六日前記当事者間に争いのない原告ら主張の債務弁済並びに抵当権設定契約が原告らと被告会社および被告松崎に締結されたが、その際被告松崎以外の被告会社の取締役であった小俣秋能、芝公三郎も右契約締結に立会って契約書に立会人として署名捺印し、原告ら主張の被告会社に対する、本件各債権の存在を異論なくして承認していること、

が認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、被告会社の取締役会は原告会社からのピアノ部品の購入およびその代金の手形による決済を承認してきたことは明らかであり被告の右抗弁はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

三  被告らは、原告深山の被告会社に対する貸金の貸付が商法第二六五条に違反し無効であると主張するので、その点につき判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、原告深山の被告会社に対する右貸付は、無利息、無担保でなされたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右のように取締役が会社に対し無利息、無担保で金員を貸し付ける行為は、特段の事情がないかぎり取締役・会社間の利害衝突の恐れがないから商法二六五条の「取引」に該当せず、取締役の承認を要しないと解するのが相当であり、特段の事情については何らの主張立証もないから、被告の右抗弁は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

四  被告松崎は、仮に被告松崎の連帯保証債務が認められるとしても、原告の本訴請求は、権利の濫用として許されない旨主張し、≪証拠省略≫中には、一部右主張と符合する部分もみられるが、右証拠は採用できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

よって被告松崎の右抗弁も理由がない。

五  被告大西主張の登記原因について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、

1  被告会社は、前記認定のように昭和四三年一一月二九日不渡手形を出して倒産し、その営業継続を困難視され、被告会社の従業員は失職の危機にせまられていたので、右従業員およびその組合は、末払給料と退職金の支払確保のため、被告松崎および被告会社と折衝を重ねていたこと、

2  被告大西は、当時被告会社の従業員であったが、被告会社の退職金規定によれば、被告会社は昭和四三年一一月二九日当時被告大西に対し、金二、九二二、一五〇円の退職金債務を負担していたところ、被告松崎は同日被告大西に対し、被告会社の右退職金債務を連帯保証し、これを担保するため、被告松崎所有の本件家屋に被告大西のために抵当権を設定したこと、

3  被告大西は、その後も被告会社が営業を継続したので、当初の予想に反し、昭和四七年八月まで被告会社に勤務していたこと、

が認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実によれば、右退職金債権は、被告大西の将来における退職を停止条件とするものであって、右抵当権は、将来発生する退職金債権を担保するため設定されたものという外ないが、退職金債権は特定の法律関係から生ずる債権であって、その額は確定しうるものであるから、近く発生することが予想される退職金債権を担保するために抵当権が設定されたときは、右抵当権をその故に直ちに無効とするいわれはなく、しかも被告大西はその後退職して、その退職金債権は現実に発生しているのであるから、右抵当権は有効に存在しているものというべきである。

六  以上の次第で、原告らの被告会社、同松崎に対する本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、被告大西に対する本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野崎幸雄)

<以下省略>

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